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留学前準備_No.4~仕事(転職後)~

前回留学前にしていた「仕事」について書いてみましたが、今日はその続き。

前回の記事はこちら↓
留学前準備~仕事(転職前)~

前回記載したように、私は家庭の事情等かさなり新卒として入社してからわずか2年で1社目を退社しました。色々悩んだあげくの選択だったけど、運よく2社目の会社には良き同僚や上司に恵まれ、とても良い環境の中で仕事をさせてくれる良い会社でした。

「ザ・建築業界の会社」という会社で在籍していた支社は100人中20代女子は私1人。男性ばかりの職場で仕事は男勝りな事ばかりだし、色々と大変な事も多かったけれど、若手女子1人という事もあり、とても可愛がってもらっていました。

仕事も「リフォームアドバイザー」という名前は凄いカッコよかったけど、実際にやっていたのは超ハードワーク!内装の提案等だけすればいいのかと思って入ったものの、設備の事や設計の事、商材の事等覚える事が大量にあって、新人の私にはかなりハードルの高い仕事でした。しかも前職とは全く畑違いの仕事だったし、ベースの知識が試験勉強で勉強したレベル位しかなかった私にとっては知識不足過ぎて凄いつらい。。。

半年間は研修期間で、先輩について現場の仕事を色々と教えてもらえたけれどそれが終わると「外注さんいるから1人でも大丈夫でしょ!」と1人で現場にポイっと出される始末。現場の調査からお客様への折衝・提案、実際の設計から業者の手配まで1人でこなさなればならず、毎日綱渡り状態で仕事をしていました。
私の職場
↑私が担当していたリフォーム現場

先輩に教えてもらいたい事が山ほどあるけれど、先輩も忙しいし、自分も色々と仕事を振られて教えてもらう暇がない!!という状態。。。パニックになる事もしばしばあって、毎日泣きそうになりながら仕事をしていました。

忙しいし、超ハードワークだし、辛い~と思った事も沢山あったけど、自分の担当したお家のリフォームが完成した瞬間、施主のお客様に「あなたに頼んで良かったわ。ありがとう。」と言ってもらえるのは凄い嬉しかった。それだけが生きがいでやって来れたかなという感じ。キツイ仕事ではあるけれど、でもそれに勝る達成感はあって凄い良い仕事をやらせてもらっているなと思っていました。

「今はつらいけど、自分の実力があがればもっと楽になるし、もっと仕事が楽しくなるはず!」と思いながら、とりあえず目の前の仕事をひたすらこなす日々。でも心の中では「このままでいいのか。。。」という気持ちもありました。

自分はバリバリ建築の勉強をしてきた訳ではないし、他のリフォーマーに比べたら職歴も経験値も凄い浅い。これから実績を積むにしても、「私にはこれが出来ます!」と自信を持って言えるものがない。。。今後リフォーマーとして、仕事をしていこうという決意はありましたが、そんなことがずっと心の中では引っかかっていて、「自分にしか出来ない提案ってなんだろう?」と考える様になりました。

そんな時思い出したのが「デンマークへの留学」。転職してしまったし、留学は半ばあきらめかけていたけれど、インテリアデザインの本場でデザインを学ぶ事が出来たら自分の武器にもなるし、これからの仕事に絶対役に立つ!!そう思い「やっぱり数年後にはデンマークにいこう」という気持ちが強まりました。

以前投稿した記事にも書きましたが、自分の気持ちがこう傾いてきた時に舞い込んできたのが「エグモントホイスコーレでヘルパー学生としての留学を希望する学生を募集している」という話。

『これから「高齢者」が増える日本で、この分野の住宅建築は必ず必要とされるし、それに役立つ留学であれば絶対に帰国後自分の力になる!』という事は確信していたので、自分の中では留学する事を決めていたけれど、会社の上司に相談するのは中々勇気が入りました。

転職してきてまだ1年だし、仕事も色々と覚えてきてこれから!という時期。転職してしまったし、留学は仕事が慣れてくる2~3年後に出来たらいいな~と転職したての時は思っていました。でも2~3年も経てばどんどん自分の担当の仕事が増えて留学どころでは無くなってしまうし、父も大手術を終えてここ1~2年は安泰でしょうと言われていたけれど、数年後はどうなっているかわからない。しかもヘルパー学生として行けるチャンスはもうないかもしれない!!そう考えたら今しかもう出来ないと思い、「休職して留学したい!」という旨を上司に相談しました。

相談された上司は最初「え~!!!」って感じの反応だったけど、凄い理解のある人だったので「きみは引き留めても行くだろうから、今のうちに思う存分勉強してきなさい。」と言ってくれました。たった1年だったけれど、留学すると決めてからガムシャラに仕事を頑張ってきた私。その頑張りを一番そばで見ていてくれた上司は「きみなら、きっと有意義な留学が出来ると思うから頑張って行って来い~!」と背中を押してくれたのでした。

凄い良き上司に恵まれて私は幸せ者だ~と思っていたけれど、やっぱり現実は甘くなかった。。。留学は後押ししてもらえたはいいモノの「休職は出来ない」という事。私がいた会社は今までに留学した実績がある人なんていなかったし、準国内(?)向けの会社だったので留学した所でそれを発揮できる場がないという理由で留学休職という制度はなかったのでした。

ないなら作ればいいじゃ~ん!!と思ったけど、会社の決まりだからそんな事すぐ出来るはずもなく、、、「休職扱いにしてあげたいけど、制度をつくるのに5年はかかる」と言われました。「5年も待ってられる訳ないじゃん~5年後はもうおばちゃんだよ!!」と思った私。上司に「留学するのなら会社を一度辞めなきゃいけないけど、、、どうする?」と聞かれた私は即「それであれば辞めます。」と言っていました。

会社からしたらかなり迷惑な社員でだよね。。。という事はわかっていたけれど、自分の人生1回しかない!父が病気になって、大きな手術を何回も目の前で見てきた自分。「これが最後かもしれない・・・」という現場を目の当たりにしたからこそ、命って有限なものなのだなって事に気づいたし「やりたい」と思った事を「今」やらなければ、次はもうこない!!という事も身を持って知っていました。

だからもうこのチャンスを逃したら絶対留学なんて出来ないと思ったし、後悔すると思った。仕事はしたかったらまた帰国後、この会社の扉を叩けばいい。上司をはじめ、会社の人にはこの1年凄いお世話になったし、迷惑をかける分なんらかの形で絶対に恩返しする!そのためにも留学して、自分にしかない何かを身に着けて帰って来よう。そう決めたのでした。

と言っても、せっかく仲良くなった仲間や大好きな先輩や上司達と会えなくなるのが寂しくて、「ホントにこれでよかったのかな・・・」と泣いた事も沢山あったけど、「別れがある分、新しい出会いが沢山ある!!」と考え、退社して留学する事を決意したのでした。


と、こんな感じで留学する前は仕事の事でてんやわんやだったけど、、、留学してきて思ったのはやっぱり「仕事を辞めてでも来て良かった」という事。「なんで良かったか??」という事については、その良さをこれからこのブログに投稿していこうと思います。
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