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「東日本大震災」から3年が経ちました。

今日3月11日は「東日本大震災」が起きた日ですね。あれから3年経ちますが、あの日起こった地震は多くの人に、多大な影響を与えたという事実は消える事がありません。。。

私も3年前の今日は、当時勤務していた千葉にある会社で働いていましたが、勤務中とても大きな地震が来て、同僚とパニックになった事を覚えています。

幸い千葉は他の地域よりも、軽い災害を受けただけで済みましたが、東北をはじめ、津波やもっと大きな地震の被害を受けた地域の方々の恐怖を思うと、この時の地震の怖さを感じずには居られません。。。

被害に遭われた地域の復興は、現在も精力的に行われている様ですが、3年経った今でも、完全には終わっていないそう。年末に私はイギリスに滞在していましたが、イギリスでも大震災後、「日本の復興作業がまだまだ続いている」というニュースが新聞に載っているのを発見しました。
地震
↑イギリスの新聞に掲載されていた「東日本大震災」の記事

この記事には「福島県のなみえ町」という町の震災当日の写真と、なみえ町やその他震災に遭われた地域の様子が詳しく書かれており、これらの地域の復興がまだ完了していないという事実が記されていました。

海外でもこれだけ大きく取り上げられていたのだなと、驚いたと共に、3年も経つ現在も地震前の日常生活を取り戻せずにいる人がまだまだ沢山いるのだと思うと、心が痛みます(><)

デンマークでも「東日本大震災」の事は震災発生当時、大きくメディアで取り上げられていたのだそう。私が留学中の「エグモント」でも震災発生後は、「復興支援金集め」や「被災地障害者」をエグモントに招待留学させる等、色んな活動を行ってきたそうです。日本だけではなく、世界的にもあの地震はとても「衝撃的」な震災だったのだ、海外に来て改めて痛感させられる今日この頃。

私自身にとっても、この地震があった2011年はとても大きな転機となった年でもありました。3月11日に震災を体験し、その震災発生から2ヶ月後に、自分の父が病気で倒れました。「明日命が無くなるかもしれない」という恐怖を知ったと共に、自分だけでなく、周りの人も「いつ居なくなるかわからない存在なのだな」という事を知った1年でした。

「自分の人生は残り、80年位生きるのが当たり前」と思っていた固定概念が崩され、「明日自分は死ぬかもしれない」という考えが生まれたとき、「死ぬ前に、自分はどんな事をしておきたいか?」と考える様になりました。

当時、仕事は順調だったけれど、仕事以外に「やりたい」と思っていた事を全然やりきれていなかった自分。そして、全く「親孝行」出来ていなかった事に、気づいた自分がいました。

今まで考える事が出来なかった沢山の「大事な事」に気づいた1年。この1年があったからこそ、ずっと行きたかった「留学」には必ず行こうと決意出来たし、親孝行も自分の出来る範囲で、毎日自分の出来る事を少しづつでいいからやろうと思える様になりました。

だから、大震災や父が病気になった事で失ったものは沢山あったけれど、私にとってはある意味とても大きな「転機」なった年でもありました。

「大震災」の事は忘れては行けないし、まだまだ助けを必要としている人が沢山いるという事を沢山の人が再認識するべきだと3年たった今日、改めて感じます。

被災地の人に、凄い大それた事は自分の力だけでは出来ないけれど、、、少しでも出来る事から何か始めなきゃと、改めて思った本日でした。
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