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デンマークの歴史(中世)~デンマークの起源~

昨日から、私の留学先である「デンマーク」の事をもっと知ろう!!という事で、私の調べた「デンマークの歴史」についてUPしていますが、今日はその続きで「中世」について書こうと思います。

「デンマークの中世」というと「ヴァイキング」が活躍した時代です。
北欧史において8世紀から11世紀にかけてを「ヴァイキング時代」と呼ばれていますが、「ヴァイキング」とは、ゲルマン民族の一派ノルマン人の別称で、ヴァイキング時代に西ヨーロッパ沿海部を侵略したスカンディナヴィアの武装船団(海賊)を指す言葉です。(その後、研究の進展により「その時代にスカンディナヴィア半島に住んでいた人々全体」を指す言葉に変容しています。)

デーン人もまた8世紀から11世紀にかけてヴァイキングとして知られていますが、デーン人含むヴァイキングはまず、9世紀にフェロー諸島、次いでアイスランドを発見し、そしてアイスランドからグリーンランド、アメリカ大陸へ進出します。その後、優れた造船と航海技術により、デーン人はフランスやブリテン島を攻撃し、征服。そして、その後、イスタンブルや現在のイングランド、アイルランド、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリアなどに侵攻していきます。

ヴァイキングの西欧への侵入は当初は略奪目的が少なくなかったものの、9世紀末以降は、定住化の傾向が顕著になっていきます。これは、ヴァイキングの故郷であるデンマーク一帯に統一権力形勢の動きが起こることと連関がったと考えられています。
一方、デンマークではゴーム老王がユトランド半島のイェリングの地に興起し、940年頃に没したが、彼に始まるデンマーク王家は960年頃にデーン人たちをキリスト教に改宗しました。そして、10世紀末、デーン人の王としてハーラル1世(ハーラル青歯王、ハラルド)が現れ、このころ、現在のデンマークとスウェーデン南部の統一をほぼ達成します。

デンマークの国名は、「デーン人の国」という意味であり、「デーン人」とはユラン半島(ユトランド半島)のノルマン人のことを指します。イングランドやアイルランドでは、現在のデンマーク方面からやって来るノルマン人を「デーン人」と呼んでいたそうですが、この時代においては、まだ民族としての「デンマーク人」、「スウェーデン人」、「ノルウェー人」は確立しておらず、「デーン人」は必ずしも民族共同体を意味していなかったの様です。

当時の資料には、デーン人の領域は今のデンマーク王国より広大であったと記されていて、出土品の共通性などから、当時のデーン人は少なくとも4つの部族から構成されていたものと推測されています。

その後、11世紀に活躍したクヌーズ1世(クヌーズ大王)は、イングランドに侵攻し、デンマークからイングランド、ノルウェーにまたがる北海帝国を築き上げますが、彼の死後、北海帝国は崩壊し、王位継承をめぐって国内の混乱が続きます。

その後王位継承を巡り、様々な戦いが繰り広げられますが1157年、王位についたヴァルデマー1世(ヴァルデマー大王)のもとで、混乱したデンマーク王国の再建が始まります。
彼は幼馴染でロスキレ司教であるアブサロンの協力の下、王権の強化を図るとともに、バルト海南岸のヴェント人に攻撃を仕掛けるなど、本格的なバルト海進出の第一歩を踏み出します。また、アブサロンはエーアソン海峡の海岸に要塞を築きましたが、これがコペンハーゲンの発祥となります。

その後、再び王位継承問題などでデンマークは混乱の時代に突入しますが、14世紀半ばヴァルデマー4世(復興王)が国内の混乱を平定すると政情は安定期に入ります。

1375年にヴァルデマー4世は死去しますが、彼には息子がいなかった為、ヴァルデマーの娘マルグレーテ(ノルウェー王ホーコン6世の后)の息子オーロフが、まだ幼いながらデンマーク国王オーロフ3世として即位します。彼は父王の死に伴いノルウェー王位も継承したため、デンマークとノルウェーの同君連合が形成されます。
マルグレーテは両国の摂政をつとめて実権を握り、息子オーロフが弱冠17歳で急逝するという悲劇が起こりますが、その後、新たに擁立したエーリクが1396年に北欧三国の王位につき、事実上マルグレーテが「女王」となります。翌1397年、スウェーデン南境のカルマルで連合王としての戴冠式が行われ、ここに正式にカルマル同盟が成立しました。(カルマル同盟=1397年にデンマーク・ノルウェー・スウェーデンの3王国間で締結された同盟)

カルマル連合はデンマークの優位を前提としており、以後スウェーデンは1448年から幾度かの分離を繰り返して最終的に1523年のグスタフ1世の即位まで、ノルウェーは1814年まで、いずれもデンマークの支配下に置かれていました。(by ウィキペディア)


と、だいぶ内容削ったつもりなのに、説明が長くなってしまいましたが、、、「中世」のデンマークはデーン人が活躍したヴァイキング時代からマルグレーテが女王をつとめた、時代までかなり「勢力の強い国」だったという事が伺えます。

なんで強かったのか、その理由はわかりませんが、、、とにかく昔のデンマークは「権力」があり、近郊の国々を支配下に入れていたという事実はわかって頂けたのではないかと思います。

今でこそ、こんなに小さな国になってしまったデンマークですが、昔はかなり大きな領土を抱える大国だったようです!ではいつからこのサイズになってしまったのか?!その答えは「歴史のみぞ知る」という事で、次回以降の記事に書いていこうと思います。


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