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デンマークの歴史(20世紀前半~現代)~世界大戦・福祉大国の基盤形成の時代~

先日から、私の留学先である「デンマーク」の事をもっと知ろう!!という事で、私の調べた「デンマークの歴史」についてUPしていますが、今日はその続きで「20世紀前半~現代」について書こうと思います。

昨日の記事でナポレオン戦争~デンマーク黄金時代までの話を紹介しましたが、今日はその続き。

1901年の総選挙で左翼・デンマーク自由党(ヴェンスタ)が選挙に勝利すると、ヨハン・ドインツァーが首相に就任し、ラディケーリとヴェンスタによる連立政権が始まります。連立政権の時代に、女性参政権が認められ(1915年)、米国に西インド植民地の売却が行われたました(1917年)。また、この時代に現在に至る福祉国家の基盤が造られたと言われています。

第一次世界大戦ではデンマークはスウェーデン、ノルウェーとともに中立を維持したものの、デンマーク経済に大きな影響を与えました。デンマーク経済は輸出に依存しており、ドイツ海軍の無制限潜水艦作戦が深刻な課題となったのです。デンマークは海外の代りにドイツに多くの製品を輸出せざるを得ず、品不足による暴利を貪る者も出てきましたが、第一次世界大戦による両陣営の衝突とヨーロッパの金融市場の不安定さのためにデンマークの商業は大きく落ち込みました。

1918年にドイツは敗戦。1919年にはヴェルサイユ条約でシュレースヴィヒの帰属が議題として挙がり、1920年2月と3月に行われたシュレースヴィヒの住民投票の結果、北部はデンマークに復帰することとなりましたが、ドイツ系住民が多い中部はそのままドイツへの帰属が確定します。第一次世界大戦の終わりの1918年にはアイスランドが、デンマーク国王を国王とする同君連合として独立しました。

1924年の総選挙ではトルヴァルト・スタウニング率いるデンマーク社会民主党が勝利しましたが、一方、反対派はランスティングで依然と多数派を占めたので、スタウニングは右派と政治協力を求める必要がありました。スタウニングは1933年1月30日、ヴェンスタ及びラディケーリとカンスラーガーゼ協定を結び、農産物輸出促進のためのデンマーク・クローネを10%切り下げ、農民援助策を実施、公共事業の拡大を行う一方、1年間のストライキとロックアウトの禁止を決めました。また、社会大臣のカール・クリスチャン・スタインケによる社会制度改革法を制定、世界恐慌を克服し、現在に至る福祉国家の基盤を確立しました。

第二次世界大戦では不可侵条約を締結したドイツに国土を占領され、1940年4月9日に開始されたドイツ軍のヴェーザー演習作戦により、攻撃を受けました。戦車や空挺部隊を用いた電撃的な侵攻に対しデンマーク政府は恐れをなし、侵攻開始後数時間で降伏。ドイツとは同じゲルマン民族であり、わずかな例外を除きほとんど戦闘を行なわずに占領を受けたことで、ヒトラーはデンマーク政府の存続を認め、デンマーク王もドイツ占領下のコペンハーゲンに留まりました。

しかし戦局が悪化し始めると、ドイツ占領軍は戒厳令を布告して直接統治下に置いたため、デンマークでもレジスタンス運動が勃発。また、グリーンランドおよびフェロー諸島は本土から離れていたこともあり、連合国軍によって占領されており、同様に占領されたアイスランド王国はアイスランド共和国として1944年に完全独立に至りました。

戦後は欧州共同体(EC)のなかの農業国家として比較的豊かな経済を維持し、福祉国家としても知られたが、冷戦下での外交では不安定を強いられていました。しかし冷戦終結後は、ヨーロッパ連合(EU)の一員として、比較的安定した先進国の一つとなっています。

なお、デンマーク海上帝国の傘下にあったアイスランドは、1918年にデンマーク宗主下の元独立し(アイスランド王国)、1944年に完全独立します。さらにフェロー諸島も1948年に自治政府を樹立したが、EUには加盟せず、独自の通貨を用いるなど独自性を強めています。同じくグリーンランドも1979年に自治政府を樹立し、ECからも離脱。両自治政府は、独立性を強めており、フェロー諸島においては、将来的に独立国家としての道を模索していると言われています。(by ウィキペディア)


と、ざっくりと20世紀末~現代の歴史を紹介するとこんな感じ。ウィキペディア先生の内容を抜粋しただけですが、、、抜粋するだけでも膨大な量があった(゚o゚;;

デンマークは今まで紹介してきた中からわかるように色んな戦争に「敗戦」してきた国です。敗戦し、領土をどんどん奪われていったからこそ、世界大戦等の近代の大きな戦争では「中立」の立場を保ち、「戦いは極力行わない」道を選んできました。

なぜなら、今まで散々多くの命や自分達の領土を奪ってきた『戦争』をもう行いたくないという、人々の気持ちがあったのではないかと私は思います。

でも、そういう思いがあったからこそ、世界大戦では被害も極力少なくて済んでいるし、戦争後は「小さい領土だけれど、自分達の大事な『国』を守っていこう」という意識が国民にとてもあったのだと思います。

その意志があったおかげで、今は「福祉大国」と呼ばれるデンマークがあるし、「幸福度No.1」と呼ばれるデンマークが存在する。

と、私は勝手に思っていますが、歴史を知れば知るほど、「デンマーク」という国についてもっと知りたくなりました。1年も住ませてもらう国だから、これからデンマークに関する色んな事を勉強して行こうと思います。

今回の記事をもちまして、「デンマークの歴史」に関する記事のUPは終わりにしようと思いますが、これから沢山「デンマーク」に関する記事は載せていこうと思います。

デンマークの歴史についてもっと知りたい方はこちらをご覧下さい↓
<参照>
ウィキペディア デンマークの歴史
デンマークの歴史年表



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