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世界的な名声を得たデンマークのデザイナー「Hans Jørgensen Wegner(ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナー)」

今日も昨日に引き続き、デンマーク出身の建築家や家具、プロダクトデザイナーをご紹介していきたいと思いますが、今日ご紹介するのは世界的な名声を得たデンマークのデザイナー「Hans Jørgensen Wegner(ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナー)」
ハンス・J・ウェグナー


彼は生涯で500種類以上の椅子をデザインし、20世紀の北欧デザイン界に多大な影響を与えたデンマークを代表するデザイナーの1人です。その椅子はニューヨーク近代美術館をはじめ多くでコレクションされていますが、日本でも「Yチェア」等、彼の作品を目にする機会はとても多いのではないでしょうか??
ハンス・J・ウェグナー2
↑ウェグナーの代表作「Yチェア」

彼は1914年、ドイツ、南ユトランド、トゥナーに靴職人であり町議会議員も務めた、父ピーター・ウェグナーと母ニコライ・ラーセンの間に生まれ、3歳から家具職人の下で修行を始めます。1931年、17歳の時に指物師のマイスターの資格を取得。国立産業研究所に通い、木材について専門に研究しながら、20歳のまで家具職人の下で修行した後、兵役のためコペンハーゲンへ出ました。

兵役終了後もそのままコペンハーゲンに残り、23歳の時コペンハーゲン美術工芸学校に入学し、家具設計を専攻します。この頃、後に公私にわたり親交も持つことになるボーエ・モーエンセンと知り合うい、1938年に卒業。1940年から1943年にかけて、アルネ・ヤコブセンの事務所に勤務し、オーフス市庁舎の家具デザインの設計に携わりました。

その後、独立し、コペンハーゲン美術工芸学校で教鞭を執りながら、デンマーク協同連合連合会家具部門のために家具デザインを行います。

彼にとって最初の転機となった作品が1943年にデザインした『チャイニーズ・チェア』。この椅子は中国の明の時代に作られた椅子を改良して生み出されたもので、その後改良を重ね量産化され、彼の代表作の一つとしても知られています。
ハンス・J・ウェグナー4
↑1943年にデザインした「チャイニーズ・チェア」

1953年にはローニング奨学金を受け、アメリカ・メキシコ滞在。1984年にデンマーク女王よりナイトの称号を得ました。1995年にはウェグナー美術館が生まれ故郷、トゥナーに開館しましたが、2007年1月26日92歳で逝去されました。(by ウィキペディア)


巨匠はやっぱり、巨匠と出会う運命なのでしょうか?アルネ・ヤコブセンの事務所で働いていたという略歴もこれまた凄いですね~。色んな所で、様々な経験を積んできたウェグナーですが、ヤコブセンの事務所で働いていたという経験は彼にとっても、とても大きな財産だったと思います。

「家具」を生涯を通して、デザインし続けたウェグナー。17歳で職人の道に入り、それからずっと、家具を愛し、家具を作り続けた彼の生涯はとっても素敵なだ~と思います。彼は「家具」が好きだったし、その好きな事を「仕事」として、生涯の「パートナー」としてきた彼の生き方は、決して楽なことばかりではなかったと思うけれど、「好きな事」をずっと追い続けるその姿はとてもカッコイイなと思いました。

彼の家具は、彼自身が高く賞賛している職人技の伝統にしっかりと根ざしているのが特徴で、素材の特性や製法を熟知していたウェグナーは、頻繁に工房に足を運んでは、職人たちとディスカッションを重ね、家具を作り進めていたそうです。彼の作品は博物館や美術館のみならず、世界中のレストランやカフェ、そして自宅のリビングで愛用されています。
ハンス・J・ウェグナー3
↑コペンハーゲンの博物館のカフェに使われているウェグナーデザインのイス

過去の名作や様式を学び、リデザインの手法を重視すること、そして職人と対話することの両方を大切にし、作品を生み続けてきたウェグナー。彼の様に「一生をかけて、仕事にしたいもの」を私も見つけたいなと思いました。


*参考**
ウィキペディア:ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナー
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