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ドイツ分断・冷戦の象徴「ベルリンの壁」

気づけばもう2月に入ってしまいましたね(><)
私もデンマークに来て半年が経ち、デンマークでも生活も板についてきました♪

生活にも色々なれて来て、生活していく中で色々と見えてきた「デンマーク」についてもっともっと載せて行こうと思っているのですが、、、その前に!!冬休み中に行っていた「ドイツ ベルリン」で訪れた場所を記録として書いておきたい!

という事で、今日から1週間程は「ベルリン」滞在中に私が訪れた観光地や建築・デザインにまつわる名所を中心に紹介して行きたいと思います。

早速今日紹介するのは「ベルリンの壁」!!
「ベルリン」にいったならば、ここに行かない人はいないだろう~という事で、ミーハーな私は今回の滞在中に行ってきました。
ベルリン2
↑現在のベルリンの壁の様子

「ベルリンの壁」と言えば、東西に引き裂かれたドイツを象徴するものとして有名ですが、皆さんはその歴史をご存知ですか??

ベルリンの壁とは、冷戦の真っ只中に東ドイツ政府によって建設された、西ベルリンを包囲する壁です。1989年に破壊され、1990年に東西ドイツが統一されるまで、この壁がドイツ分断や冷戦の象徴となっていました。

もともとなぜこの壁が出来たかというと、、、その大元は第二次世界大戦に西ドイツを資本主義であるアメリカ・イギリス・フランス3カ国が占領し、東ドイツを社会主義であるソ連が占領した事から始まります。その当時、社会主義国となった東ドイツでは、西ドイツに比べて自由がなく、自由な西ドイツへと亡命する人が後を絶たなかったそう。東ドイツの圧政に耐えかねた労働者が自由を求めて雪崩のように西ベルリンへ亡命していました。この流れを何とか食い止めるために東ドイツが取った最後の手段がこの壁を作ること。物理的に西ベルリンへ行けないよう「壁」を作ったのです。

「壁」建設といっても、いきなり立派なコンクリートの壁を築いたわけではなく、鉄条網などを道路上に立てて交通を遮断することから始まり、西ベルリンの周囲の境界を封鎖する作戦が立てられていきました。その後、徐々に石やコンクリート部材を使った壁を作り、西ベルリンへ逃げる者が出ないよう監視体制を強化していったそうです。(by ウィキペディア)

「ベルリンの壁」は現在、市内の数か所にモニュメントとして残っていています。今回私はそのうちの1箇所を見に行きましたが、壁は思っていたより凄いデカイ!!高さが6mほどでしょうか??今は壁画ようにいろんな絵が描かれていて、アーティスティックな壁に変身しています!
ベルリンの壁3 ベルリンの壁5
↑現在のベルリンの壁の様子2

現在はアーティストが毎月(?)違う絵を描いて、エキシビジョン展示みたいなものもされているそうです。この壁をひと目見ようと、私が行った時は多くの観光客が訪れていました。

ちなみに壁のまわりもこんな風に「アート」された小屋や建物が沢山並んでいましたよ♪この写真(真中&右)に写っている「船」はなんとアーティティックに改装された「ホステル」なのだそうです!ここ実際に泊まれるらしい!すげ~(゚д゚lll)
ベルリンの壁4 ベルリンの壁6 ベルリンの壁7
↑現在の壁のまわりの様子


その後「ベルリンの壁が崩壊」まで約30年程この壁が存在していた事になりますが、この壁を乗り越えようとして亡くなっていった方が沢山いるという事を聞くと、、、改めて戦争の怖さを実感。


今回デンマークに滞在している間に色んな所を見に行ったりしていますが、何だかんだ色々勉強していくと結局は何事も「歴史」が大きく関わってくるのだなという事に気づかされます。

デンマークと日本の社会の違いや週間の違い、考え方の違いはただ人種が違うというだけではなくて、その国の「歴史」が大きな意味を持っている。現在学校で色んな事を研究していますが、この歳になって、改めてそんな事を感じる今日この頃。

「歴史」と知る事ってとっても大事ですね。今回ここを訪れて、改めて、ただ「旅行」するだけではなくて、その土地の「歴史」を知り、その名所の「意味」を知る事の大事さを学んだ気がします。
あと半年間、色んな所に行くだろうけれど、しっかり事前に色々学んでから旅行しようと思いました。

*ベルリンの壁詳細***
ウィキペディア:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%A3%81
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